赤石幸弘
インタービュアー:
今回のピックアップは、現在新宿Nikon Salonで写真展を開催中の、赤石幸弘さんです。
はじめに簡単な略歴をご紹介頂けますか?

赤石幸弘:
高校卒業後、一年間病気の治療に専念するために療養していました。
その後、大手宅配会社やTV制作会社でADの仕事をしたり、牧場を始める人と一緒に、群馬県の赤城山で土地を開くところから手伝ったりしていました。

インタビュアー:
写真を始めたきっかけは?

赤石幸弘:
元々写真に興味はあったのですが、ADの仕事をしている時に、具体的に写真をやりたいと思いました。
そこで再び宅配会社で仕事をし、お金を貯めて夜間の写真学校に入学しました。

インタビュアー:
夜間の学校に通われていた間、昼間はどうされていましたか?
また、学校卒業後は、どの様に生計を立てていらっしゃいますか?

赤石幸弘:
学校に通っていた時は、昼間はアルバイトをしていました。
卒業後は撮影と両立させるために、派遣で仕事をしています。の講師にもなりました。
人のつながりに助けられていたのだと思います。
 
インタビュアー:
今回の写真展で発表された写真は'聖地'の現在を撮られていますが、なぜ撮ろうと決められたのですか?

赤石幸弘:
私は、自分や民族のルーツに興味がありました。
3年前に父の墓参りに青森へ行きました。
そこで青森の土地から非常に'違和感'を感じました。その感覚を考えていって、'聖地'に辿り着きました。

インタビュアー:
展示作品は、北海道のアイヌの人々の聖地だった場所ですが。

赤石幸弘:
アイヌの人々には興味がありました。
写真学校で出会った先生がアイヌの人々をいわゆるルポルタージュの方法で取材撮影していました。
自分が撮影するならルポルタージュじゃないなと漠然と思ったのですが、具体的にその方法はすぐには思いつきませんでした。
ただ、自分はまた別の形で撮りたいと考えていました。
ゼミの授業でタイポロジーという方法を学び、これだと思い、アイヌの人たちの聖地を今回のようなスタイルで撮影をする事にしたのです。

インタビュアー:
聖地として崇められていた場所がどこなのか、特定することは困難ではありませんでしたか?

赤石幸弘:
それなりに大変でした。
聖地の情報は、地元の教育委員会に問い合わせたり、現在の様子から調べたりと苦労しました。
アイヌの人々は文字を持っていなかったし、今は放置されてその痕跡も曖昧だし、特定する事は難しいです。

インタビュアー:
撮影期間はどのくらいですか?

赤石幸弘:
トータルで2年くらいです。
北海道へは5回行きました。
1回に1週間程度滞在しました。
自分の思うイメージを撮影するために、春と秋に限定して行きました。
夏は草などがおい茂り画面が黒くなり過ぎますし、冬は雪で画面が真っ白になってしまいます。
そのため画面に変化の出る春、秋の季節を選びました。
またこの季節の柔らかい光で撮影したかったのです。
そして、撮影していない時期は、撮ってきた写真をじっくりとみて、考えをまとめ、自分のイメージを再確認する作業をしていました。
結果的には、これが良かったですね、作品制作のリズムが自分の中で自然にできたので。

インタビュアー:
この'聖地'の撮影を続けていかれますか?

赤石幸弘:
次に東北、その後は九州・沖縄を予定しています。
このテーマと同じになるかはまだ決めていませんが、合間を見て東京も撮りたいです。
時間はかかりますが、まずは日本を撮りたいですね。

インタビュアー:
最後に作品を完成させた経験から、いま作品を作っている人や、これから作品を作りたい人へのアドバイスをお願いします。

赤石幸弘:
テーマを何にするのかが一番重要だと思います。
そのテーマは自分に繋がりがあるものでないと続かないと思います。
そうでないと壁にぶつかったり、できたものに深みがない様な気がします。
テーマが決まったらスムーズにいきます。
準備に時間をかけて整理しながら。
本質でない事にこだわりすぎて中心を見失わないようにして下さい。
自分は何を撮っているのか、何を撮りたいのかを常に自分自身に問う事が大切だと思います。

インタビュアー:
本日は、どうもありがとうございました。
 
「聖なる場所の記憶」赤石幸弘写真展
2008年3月25日(火)〜4月7日(月)
新宿Nikon Salon
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